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Kei-Mad 断想録

変なものを変と言い、嫌いなものを嫌いと自由にはっきり言える世の中であることを願って始めました。

神道の原則から靖国批判をやってみる。 その二、

神道の原則から靖国批判をやってみる
その二、(その一、からの続き[http://kei-mad.hatenablog.com/entry/2014/09/25/125719])

じゃあ靖国神社はそんな神となる資格を欠いたしかも「禍津」状態の御霊を200万以上も集めて何をしたかったのか?!

先に結論を言ってしまうと、御霊思想・御霊信仰をベースに人造の荒御霊、「人造の将門」「人造の道真」を造り国を守る霊的守護装置、霊的兵装としようとしたのだ!!

中国ホラー映画に出てくるキョンシーのように、

靖国は最初から禍津・怨霊としての力をそのまま利用しようとして造られた霊的施設・装置としてあり、
戦場で死して禍津となった者たちを原材料としてその荒御霊がもつ霊的な力を数多集めて複合させた集合霊「靖国の御魂」という英霊を造り出す装置なのだ。
靖国が死者の慰霊と鎮魂を主たる任務とする神社であるならば、
知っている人も多いでしょうが靖国には「靖国の御魂」以外の祭神が祭られていない。
主宰神とされている、「靖国の御魂」以外全く祭られていないのです。
これって変だよな!
死穢を含む汚れをどの神の権能で祓い鎮魂し浄めてるの?
「禍津」の荒御霊となった200万柱以上の魂を直日して和御霊に変換するのが慰霊なんだから。
どの神の力で慰霊してるのだろうか?

荒御霊となったものが荒御霊としての自身を自分で救うのかね?ありえんでしょ!

まさかこれだけ強烈な数の集合霊を大祓の祝詞を読むだけで事たれりと思っているようならそれは違うと言わざるを得ない。本来神社としての任務が追悼慰霊であるならば主宰神は大祓に登場する四柱の祓戸大神であるはずで、少なくとも相殿神(あいどのしん)として祭られていないとおかしいからだ。

位牌やお墓だけがあって主神/本尊が祭られていない状態っておかしいだろ。

だから靖国神社は戦死者を少しも悼み追悼し慰霊しているように見えないのだ。

戦場で死して「禍津」となった御霊を200万以上も集めてしかもすこしも慰霊にまつわる神事をしているように見えない神社ていったい何だろう。

靖国神社にはどうして伝統的な他の日本の神々を祭っていないのか

ある意味で当然、祭っていないのではなく祭れないのだが。

靖国神社英霊と称され祭られている「靖国御霊」とは未だ正式に慰霊されたことのない、
死の汚れを一度も祓われたことのない、死霊である。正確には禍津状態になった数多(アマタ)の霊を原材料として造り出された人造の禍津神だからである。

誰が考えたのか実におぞましい。
戦死者の御霊(ミタマ)を原材料として人造の道真、人造の将門をつくり、国家を守るガードマンに設えようとする思惑の元に生まれたもの。
それが「英霊」である。
御霊信仰をベースに道真・将門以上の権能を期待して人工的に造られた霊であり、国を守る霊的兵装として人工的に合成された悪霊。

それが靖国英霊の正体である。

一々の御霊はその原材料となっただけで、慰霊なんてされていない。死の汚れを未だ祓われたこともない死霊のままである。そしてそんな霊が幾百万と集まり一々の御霊の死の直前の意識が重・複合することでブラックホール化したような場所となっている。霊能者でGLAの主宰でもある高橋佳子氏が昔『真創世記 地獄編』でそのようなことを書いていたのを思い出した。

 だからそんな所に清浄を好む日本の伝統的な神々が同居したいと思うわけがない。まるで宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」に登場する『おくされ神』じゃないか!

最初から御霊を慰霊して和御霊にすることを目的とせず、戦場で死して禍津となった怨霊の力を利用する目的で作られた神社なら「禍津」となった荒御霊を慰霊して和御霊に変えてしまえば荒御霊として持っていた力を失うのだからそれはしたくてもできない、するつもりは最初からないということ。

そこが国家神道の問題なのだ。

次はこの靖国神社をどうすべきかということを考えてみます。

戦前に帝国憲法下の帝国日本が大本教団にやったみたいにダイナマイトで関連する神社施設を尽くぶっ飛ばしたいのかと言えばそうではありません。

どうしたら靖国神社国家神道から離れて伝来の日本神道の中に包摂されるのかを考えみようと思います。

ある意味でわかりきっていることですが、
靖国は戦場で亡くなった人たちを慰霊して産土神に手次して御魂を祖霊に帰す、そういう手次の神社になればよいのです。」

200万以上の荒御霊「禍津の霊」を抱え込んだ神社なんておぞまし過ぎでキモイ!!


追悼慰霊のために祓戸(はらえどの)大神を分霊招致してしっかり慰霊する。戦死者を悼み追悼し慰霊する施設であることを形で示す。
靖国の御魂」の非神宣言

そのために

日本神道の四大霊地、伊勢・熊野・出雲・三輪から「アマテラス・スサノオイザナミイザナギオオクニヌシ」の分霊を移した社を靖国境内に建てる。
これらの神が同一境内に揃うことは通常ありえないが国家神道を日本神道の中に包摂するというならこれくらいのことはやらないとです。

本来靖国には死んだら其処で会おうと言う約束の地の意味がありひとつのランドマークと化しているのでその地で慰霊の行為をするのは都合がよい場所なのだ。
だから靖国神社は慰霊して直日の御霊・和御霊となった霊を本来の導き手であるそれぞれの土地の産土神に手つなぎする役をする神社になればよいのである。

作歌してみる
靖国は御霊(ミタマ)鎮めて産土(ウブスナ)に
 繋(ツナ)ぐ手継ぎ(テツギ)の社(ヤシロ)なれこそ」

「戦場(イクサバ)と靖国産土(ウブスナ)結ばれて
祖霊(ミオヤ)への連環(ミチ)繋がるが善し」
(作歌 by 麻土恵 )


靖国境内に
一、祓戸大神を祭り神道に則った鎮魂慰霊祭をする。
これをしっかりやらないと他の神々特にアマテラスとは同居できないと思われる。

二、日本の四大霊地、伊勢・熊野・出雲・三輪から分霊を移す形で社を建てる事
これは同じ境内に日本神道界のトップ5(アマテラス・スサノオイザナギイザナミ・オオクニ・オオモノヌシ)が同時に祭られることはないが国家神道を日本神道内に包摂するならこれくらいしないとね。

三、どうしても靖国で国家が主催する慰霊際をしたいなら、広島の原爆碑と長崎平和祈念像をアレンジした全世界´の戦没者のための慰霊碑を建て、国家儀式の追悼セレモニーはここでする。

靖国神社を現在の日本神道の伊勢・熊野・出雲・三輪の四大霊地の神々の元にきっちり定位して手次の神社として機能させる。

靖国には死んだら其処で会おうと言う約束の地の意味があり霊にとってランドマークと化しているのでその地で慰霊の行為をするのには都合がよい。靖国神社は慰霊して直日の御霊となった霊を本来の導き手であるそれぞれの土地の産土神に手つなぎする役をする神社になればよいのである。

戦死者の慰霊をうたう神社であるなら、最低限でも祓戸大神(はらえどのおおかみ)を分霊招致してしっかり慰霊してもらわないとだね。

靖国神社国家神道を離れて伝来の日本神道の中に包摂するには以上のことが必要と考える。